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脇を固めると動きを固める

【字が汚い】
私は若いときから、字が汚いといわれ続けていました。一番ショックは小学生の息子が、担任教師に親記入書類の字が汚いので息子本人が書いたと疑われ事。その後息子の字が私の字よりきれいなので誤解は消えました。気がついたのは、私は字を書くときにとても力を入れていたこと。だからちょっと文章を書くだけで疲れてしまうのです。

【手技ができない】
私が手技施術は、手や身体の関節が柔らかい事が条件

【脇が固まっている!?】
腕が動きにくいのは、『脇が固まっているから』。と筋肉を熟知していた治療家に言われました。脇を固めるとは脇と腕がぴったりと固まったようにくっついて動きにくい状態。ひじが伸びない、背中に手が回らない。素早い動きができない。答えを教えてもらってから毎日腕の筋肉を動かす体操をやってみました。そしてリコイルが出来るくらい腕の筋肉や骨が変わりだすと右の腕のみ外転内転させるとコクコクという音が腕付け根から聞こるようになりました。昔原付バイクで何度か転倒して右上腕を強打して、衝撃で深部の筋肉が固まったためと、がん治療の抗がん剤を大量に点滴したためです。

【脇を開く】

脇を開く。脱力すると自然に脇と腕の間が開きます。それにより、自在に腕が動かせるのです。達筆の方や剣の名手などは、脱力できて脇も開いています。余談ですが、日本民族衣装である着物は、脇が開いているので、腕が自在に動かせることと温度調整ができます。

 

ガングリオンは溶ける!?

【香りが変わる】

末期がん闘病時、抗がん剤治療中は経過を診るために入院。一日目は、まだ食欲があり、さほど変化を感じませんでした。抗がん剤を点滴している間は暇なので、久しぶりにまんがを満喫できました。しかし、二日目紅茶のアールグレーが淹れた途端吐き気。いつもいい香りと感じていた紅茶が変なにおいに感じたのです。抗がん剤の副作用ですね。

【抗がん剤で血管が死ぬ】

そして毎日何本もの抗がん剤を点滴。抗がん剤は吐き気がでる為、吐き気止めを飲むよう指示されました。抗がん剤はナチスドイツがユダヤ人を大量虐殺する際に使用した薬品です。看護士からは『抗がん剤は1本打つ度に1本血管が死ぬ。』といわれました。それくらい強い薬品です。それと同時に吐き気止めを飲むことで首がしめつけられるような苦しさを感じました。

【痛いガンリオン】

毎日抗がん剤を打つと、血管が細くなるため点滴の針を打つ血管が見つからなくなっていきました。とうとう左手の中指付け根に針を刺し、そこから抗がん剤を入れました。関節は骨1本のところより血流が滞りやすく、だんだんその部分の筋肉が硬くなりました。抗がん剤治療も終わりがん完治して元気になり、数年後この指の付け根近くが盛り上がりガングリオン(こぶ)ができ、触ると痛い。指輪も出来たいくらの盛り上がりでした。

【ガングリオンが溶ける!?】

痛みもあるし邪魔なガングリオン。塊だから指を曲げるとつっぱります。そんなある日細胞から活性化される愛知電子のソーマダインと出会いました。愛知電子さんのショールームでソーマダインでガングリオンをなでてみましたが、そのときはなにも変化なし。それから数日後なんと!ガングリオンが柔らかくなっていました。それからまた数日後にはガングリオンが水ぶくれみたいに液状化していました!そこで自分の身体なので水ぶくれのようなところに消毒した針で刺すと、最初は透明でトロミのある液体が出てました。液が出し切ると指のこぶがなくなり、その後数ヵ月後もう一度小さめのこぶが出来ましたが、またソーマダインで撫でると数日後また液状化。また針を刺して透明な液体が出て最後は赤い体液が出ました。それからは二度とガングリオンはできません。

【ガングリオンは何?】

ガングリオンは、コラーゲンの老廃物とカルシウムがくっつくと痛み物質となり、固まり骨化したものです。

【ガングリオンが消えるのは時間がかかる】

痛み物質でもあるガングリオンを溶かす方法。細胞から動かすことでコラーゲンとカルシウムが別れガングリオンが柔らかくなり、ゲル状。それからさらさらの液体になるには、コラーゲンの老廃物はリンパへ。カルシウムは血管へいく。しかしそれには時間がかかります。別れることでさらさらになり、細い管が通れるのです。

自分の元気は家族の幸せ

 

がん闘病中は家族も苦しい

私ががん闘病中、夫は単身赴任。そのため子供達を私の実家に預けました。娘は中学1年生。新しい環境で心細いのに、親に甘えられず毎朝泣きながら学校へ登校。その娘は、祖母と夕方私に入院している病院にお見舞いに来ても、私の作り笑いも両腕に何本もの抗がん剤などの投与チューブが刺さりやせ細った身体から辛さを感じとって、『ママ痛い?苦しい?』と心配してくれました。そのとき子供の幸せは、親の笑顔だと気づかされました。

当たり前ではない有り難さ

あの地獄の苦しみから抜け出し、今私は元気になり、家庭が落ち着き平和な日々ががとても有り難いです。崖っぷちを経験した私だから気づけた事は、もし病気になりにくい予防メンテナンスをきちんとしていたら、あの苦しみも家族の悲しみも辛さも薬や放射能の副作用の苦しさも知らずに済んでいたでしょう。毎日健康で元気である続ける事は当たり前ではありません。身体ほど使わない車が定期メンテナンスをします。ならば24時間365日休みなくあなたのために働いている身体こそ一番手入れしてあげるべきです。

幸せ指数の低い日本

アメリカやヨーロッパでは、身体や心へ病気になりにくい予防メンテナンスをします。だからいつまでも元気で幸せであり続けている国民が多いのです。日本は病気になってから治療をします。それでは、身体を元の健康へ回復するのは困難。

こんにちは 名古屋市緑区えんや整体

私はかつて末期がん患者でした

こんにちは初めまして、えんや整体のえんや淳子です。私は、かつて末期がん患者でした。10代でいつも身体がだるく、20代では身体が重くて動くのも辛く、引きこもりがちでした。そして40代になり下から大量の出血と大きな血の塊がボコボコ出ました。病院へ行き医師が軽い気持ちですすめたがん検査を受診。結果がんの疑いあり。精密検査をがんセンターでする度、悪い結果が出て、最終検査後家族を呼び末期子宮頸がんと宣告されました。がんは、レベル5。日本ではレベル3までしか手術が出来ません。私はがんが子宮の壁まで張り付いてリンパまできているので手術はまず無理。放射能と抗がん剤投与をすることになりました。こどもが幼かったので、抗がん剤投与中はがんセンターに入院。放射能治療期間は、毎日がんセンターに通院していました。

末期がんが完治した

がんセンターに通院している時に、とても辛くてのどを締め付けれる感覚で、つばも飲み込めないほどの苦しさが耐え切れず、藁をもすがる気持ちで昔学んだ施術法を思い出し自身の身体へ施術。痛みが和らいだだけでなく病院の治療効果も上がり、医師が驚異だ!と驚くほどのスピードでがん細胞が消えました。

がん再発防止整体?

その後がん患者が一番恐れる再発をしない施術法を全国を巡り探しました。いいと思ったもののみ自身の体で試して、より効果的なオリジナルメニューを開発しました。それを実践し続けた結果、完治から8年経った今も再発していません。

 

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